解決済み
教えて??仕事ご質問と言うかアンケート的な事なんですが出来たらお答えください。貴方は10人で仕事をします。10人全員の会社としての結果は出せますが貴方個人の結果が出せません。100%いや200%努力してそれなりに工夫はしてるのですがこの結果です。会社からの評価はABCDの中からいつも最下位のDが付けられます。また逆に努力せず50%~80%の力を出して適当にこなし臨機応変な仕事をしていても『お給料』として入ってくる金額は努力するのとほぼ変わりません。ブッチャケ臨機応変タイプな方は努力する方と比べるとかなり楽です。貴方ならどちらを選ばれますか?選択はどちらにしても理由を教えてください。
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こんにちは。 2択の例が極端ですね。 普通はこの両方を足して2で割ったような人が多いと思いますし、私はそうですが あえて、選択するなら後者です。 理由は大きくは3つ。 一つは、私は「仕事」ではなく「金儲け」は効率を考えてするもの・・。と考えているからです。 効率とは「個人(自分)」だけでなく「組織(会社)」として重要です。 前者は、否定的な見方をすれば「要領が悪い(=効率が悪い)」。チーム(=会社)の成果が上がってない・・・ ということは、企業が利益集団である以上、やっぱり問題です。 それに比べ後者は、「適当」でもチームの成果が同じであれば、このチームのリーダー向きです。 臨機応変で楽してる・・・というのは余裕の表れで、ある意味褒め言葉です。前者のように「テンッパッて」いては リーダーは任せられません。 二つ目は、私の年齢です。 私は中年も後半です。若いうちは「後先考えず努力する」ことが最も美徳だと思います。 なので、前者のほうが好きです。この例の場合でも「努力」が「成果(成功)」には結びついていませんが よく言われることですが、必ず「成長」には結びつきます。それが将来の成功になると思います。 ですが、私はいいおっさんなので、「努力(だけで成果が出ない)」は評価されない。 成果が全てになりつつある年代だからです。 三つ目は、究極ですが「仕事とは?」という個人の人生哲学によるものでしょうね。 一口に「仕事」といっても、その哲学や意味は個人差があります。 「金を稼ぐところ」とか「人生そのもの」とか「自己表現」とか「趣味」と言う人もいます。 もし、私が「仕事とは社会的評価」ということに重きを置いていたなら、選択が変わるかもしれませんが 私は仕事にもっと別の物(も)求めている気がしてます。 仕事が銭儲けなら、バクチ打ちも仕事。 寝る間も惜しんで病人を看護している看護師より、株の利ザヤで大儲けしている人の方が 「より上の仕事」をしているのか? 私は少なくとも、仕事している自分自身が不幸を感じるようなら、その仕事のやり方、向き合い方を変えます。 以上のような理由で、答えは後者。ですが、正解はないでしょうね。
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臨機応変タイプを望みます。 前者は、努力の方向が違います。 いくら努力していても、的外れであれば、仕事には反映されませんから。 100%の力を出さずとも効率よく仕事がこなせるなら、それが1番ですよね。 余力は自分の力を伸ばす糧にもなりますし。
労働者の立場なら臨機応変タイプですね。目的は「給料をもらうこと」なので。 ただ、「10人で仕事をする」という条件があるので、決して自分だけが良ければいい、という考えではありません。自分の苦手な作業を他のメンバーにやってもらい、他のメンバーの苦手な分野で自分が得意な仕事があればそれを回してもらう、という「効率化」を忘れてはいけないと思います。
選ぶというより普段から後者。 ずっと100%の力を出していると「それが当然」となってしまって、更に力を出すように求められてしまいます… なら普段は70%程度で仕事をして(勿論、それでも残業等の無い分配で仕事してますが)、急ぎの仕事が急に入って来た時などは必要な分だけギアを上げる感じです。 適当、と言われると「別に適当に仕事してる訳じゃないんだけど」と言いたくなりますが(-_-;) それに皆が皆、100%200%の力で仕事をしていて、万が一にも突発的な仕事が入ってきたらパンクしてしまいますよ。 出している力が全力でなくても周りの人の足を引っ張るような仕事をしていないならば、そう言った突発的な事態に対応出来るのは後者のみですしね。 で、そうなると余計な仕事を引き受けた分、評価も上がるって訳です。 100%200%出さなければ足を引っ張ってしまうなら出さないとなりませんが、そうでないなら力はセーブした方が良いのではないかと。
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