「言葉の使い方の変化」と 「他者の言動に対する真偽確認の為の知識」は まったくの別物です。 おそらく哲学書という、 貴方に縁の無かった分野をちょっと齧ってみたせいで 一時的に影響されているだけです。 仮にこれまで長期間、哲学書に接していたのであれば 自分の言葉が変化したなど、今更自覚することも無いでしょう。 現在の使用語彙と比較する「過去の語彙」が 「子供の頃の言葉遣い」では話になりません。 心配せずとも言葉はそのうち元に戻ります。 ちょっとだけ齧ってみた哲学書より 貴方が今後接するだろう 哲学書以外で用いられる言葉の方が多いからです。 哲学書の言葉が「伝染した」というのなら それ以外の言葉にも、またすぐに「伝染」します。 情報が不十分では、誰であれ その真偽など見極められません。 哲学を学んでいようといまいと同じです。 容疑者から話を聞く警察官が 「話の過程が明確じゃないから正しさが確かめらんねえよ」 なんて言ってたら、お仕事になりません。 哲学という、新しく触れた分野に影響を受け過ぎです。 哲学を勉強したから、頭が悪くなることは まず、無いと思っていいです。 文面であれば、信憑性は行間から読み取ります。 話者の立場、使用語彙、感情的な表現の有無、 客観性、エトセトラ。 すべてが判断材料で、また分析対象です。 会話であれば、話者の印象や、普段から知る為人、 言葉の端々のイントネーション、表情、素振りと その材料は更に多くなるはずです。 それらを駆使しても判断できないものであれば 当事者から更なる情報を引き出すしかありません。 明確ではない過程のどこを、 明確にしていけばよいかを判断するのが 「正しさを確かめる」ための基本です。 哲学に限定されるものではありません。
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