解決済み
困っている人を助ける仕事に就きたい。先日、高校を卒業しました。春から大学へ進学することになっています。 昨日、東日本大震災から5年が経ちました。当時中学1年生だった私は地元宮城県で被災しました。今思い出すだけでもすごく大きな揺れで、恐ろしかったです。あの時は自分の周りのことで手一杯で、大変、不便などと文句を言いながら生活していましたが、今思えば私は被災者ではないと感じます。ただ揺れを経験してライフラインが3日ほど止まっただけの人間だと思います。 高校の卒業式が終わってから、アルバイトもしていないので予定がない日は家にいることが多くなりました。するといじめを苦にして自殺した学生のニュース、両親や交際相手から虐待を受けて亡くなった子供のニュースなど心苦しくなるニュースが毎日放送されています。友達と遊ぶため最寄駅に行くと障がい者の方がバスを利用していて、それを汚いものでも見ているかのような目で見る人がいます。聞こえるように悪口を言う学生の集団もいます。近くの公園に行くと、ボロボロの服を着てベンチにダンボールを敷いて寝ている人がいます。震災から5年の特番で、あの日いつも通り朝出かける時に別れたら津波が来て一生の別れになってしまったとカメラの前で涙ながらに語る人、今でも子供が帰ってくるんじゃないかと泣きながら語る人、原発事故で避難指示が出され仕事を亡くなったとこを苦にして自殺してしまった人、たくさんの苦しみを抱えている人がいました。 そういう方々を見るたび「何かしてあげたい」という気持ちが芽生えます。その人たちが誰かの助けを必要としているかはわかりませんしお節介かもしれませんが、私はみんなを助けたいと感じてしまいます。 こう思うのはずっと前からでしたが、どうしたらいいか分からず、いつもただ思っているだけ、言ってしまえば同情していただけなのかもしれません。 しかし、高校を卒業して大学も決まって本気で将来のことを考え始め、私はこういう人たちを助けて1人でも多くそのような状況の人を減らすような仕事に就いて人生を捧げたいと思うようになりました。 私事ではあるのですが、実は3つの私立大学を受験し第一、第二志望に落ちてしまい、第三志望の大学へ進学することになってしまいました。正直その大学には行く気は全くなくて、何を勉強するかもよく分かっていませんでした。(ちなみに文系で、小学校の頃から英語が好きだったので高校も国際コース、大学でも英語を中心に勉強したいと思っていたので、英語を中心とした言語や国々の文化を勉強する学科へ入学します。) あまり行きたくない大学だったので、進学が決まったときはショックで大した目標もなく、とりあえず卒業しようという気持ちでしたが、最近では大学でしっかり勉強して上位にいてボランティアも沢山して、最終的に困った人を助けられるような職業に就職したいと思い始めるようになりました。具体的な職業という最終目標を持って大学に入学したいです。 昨日5年が経って、この5年間のことを思い返してみました。被災者の方々を助けてあげたい力になりたい。それは震災が起きた頃から思っていました。自分はあれから困った被災者の方々のために何かしてあげたか考えてみました。5年という長い月日が経ったのにもかかわらず、自分が何をしたか、何か助けになったか思いつきませんでした。募金だって5年間の総額で1000円もいかないと思います。同じ宮城県に東北に困ってる人苦しんでいる人は沢山いるのに。すごく恥ずかしいです。行動すれば何かは出来たのに何もしなかった自分がすごくバカバカしく感じます。大学や将来はこのように"思ってたけど何もしなかった"ということは絶対にしたくありません。 先ほど挙げただけでも、いじめを受けている人・虐待を受けている人・障がいがある人・貧困層の人・大切な人を亡くした人などいろんな種類の苦しみを持つ人がいます。わがままなのかもしれませんが、この中の一つをピックアップしたような仕事に就くのではなく、出来るだけいろんな人を助けたいのです。でも私の乏しい知識だけではこのような人たちを皆助けられるような仕事というのがわかりません。 私ももう少し春休みを利用して自分でいろいろ調べてみたいと思いますが、もし、こういう仕事がいいのではないかというアドバイスやご意見がありましたら、是非ご回答のほど宜しくお願いします。
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1人がこの質問に共感しました
困っている人を助けたい、という思いはとても立派だと思いますが、ひとりの人間ができることには限界があり、すべての人間を救うことなど誰にもできません。わたしは海外で難民支援の仕事をしていますが、単なるボランティアではなく、仕事として支援に関わりたいのであれば、各分野において専門性が違いますから、「ぜんぶをやりたい」と思う場合は、大金持ちになって自分のお金をそういう人たちぜんぶに配るか、行政の支援担当者になるくらいしか方法はないのではないかと思います。ただし、前者も後者も、自分が直接かかわるのではなく、薄く広く、全体を管理するようなかたちになると思います。それが、ぜんぶをやるということです。 たとえば国連や有名国際NGOレベルのハイレベルな組織でさえ「ぜんぶを担当する人」などおらず、各組織も、教育・衛生・難民・食料・医療・子ども・権利擁護・災害・・などの専門にわかれていますが、それは、ひとつの組織、あるいはひとりの人間が「ぜんぶやる」イコール半端にしかならないからです。そして、他人をきちんと支援するには、それなりの知識や能力、経験が不可欠です。だから、ほんとうに支援を仕事にしたいのであれば、まずは自分が「なにを」あるいは「だれを」支援したいのかを、大学にいるうちにある程度明確にしたほうがよいと思います。知識も能力も経験も乏しい人が、ぜんぶをやろうと欲張った場合、能力のある人が各分野に専念していたら、どこにいっても役立たずになるだけですから、むしろ自分がいま、進学などの面で遅れていると思うならば、しっかり対象をしぼったほうがいいと思います。 最後に心構えとして、支援の仕事というのは、もちろん他者を救う仕事ではありますが、そのいっぽうで、「救える人」と「救えない人」の間に線を引く仕事でもあります。支援には、労働力にも財源にも限度がありますから、支援が必要な人が100人いても、10人しか救える力がないなら、10人を選んで90人を切るのが仕事としての支援です。また、そもそも専門外で支援できないこともあります。ですから、支援に現場で直接かかわる、ということは、「支援が必要な人、みんなを救える」のではなく「だれを支援するか選ぶ」ことであり、「救えない人を自ら決める」責任を負うのだということは、「みんな助けたい」と思っているあなたは、今のうちから知っておいたほうがよいことだと思います。 たいへんな仕事ではありますが、大学のうちにたくさん勉強して、ボランティアなどの経験を積み、将来、支援の現場で活躍されることをお祈りします。
なるほど:2
私は介護の仕事をしていますが、母子家庭で国の施設に住んでいます。 東北の被災地に住んでいて住むところを税金や支援金などで住むところを助けてもらっています。 自分は介護の形でしか地元にお金を返せないですが、質問者さんは若くてこれから選べる人なので、すごく希望を感じます。 英語を勉強するのはすごくいいと思います。 友達も留学目的で英語を勉強して国内の役場で国際交流の課で公務員として働いています。 警察官や教員の道もあると思います。 私は自分だったらなにやりたいかと言うと、今まで色んな職場にいて、色々感じ、労働基準監督官になりたいなと思いました。 受験には29歳くらいまで?の年齢制限があるので、もう受けることはできませんが、労働基準監督署で働くことは、人を助ける仕事に関わってくると思います。 私も子供のときも家が母子家庭で学校でいじめを受けたり、父親から虐待があったり、フルで毎日働いていても施設に入るほど貧しい状態です。 いじめや虐待、障害者や高齢者の一人暮らしや老々介護など色んな問題がありますが、元をたどると貧困が隠れていることが多く、仕事が関わってくることが多いです。 就職に悩んだら、仕事そのものを考える労働基準監督署で働くと言う道もあるということです。
なるほど:1
社会に貢献している人は、なんらかの形で人を助けています。 それを直接実感したいのであれば、人とかかわる仕事に就くことが良いと思います。 最も充実感を得ることができるのは、医師だと思います。 治療を助けることにより、良くなったら感謝されます。 医師になれるほどの学力がなければ、看護師などの医療系の仕事に就くことも良いでしょう。 介護士となって介護系の仕事に就くことも良いと思いますが、医療系ほどの実感はないこと、給与もかなり違います。 子供のいじめであれば、学校の教師になることが良いと思います。 ただ、実際に教師なると日々忙しく、子供のいじめに気づくことが出来ないこともあるでしょう。 地方国立大学教育学部卒程度の学力は必要です。 広く多くの方を助けたいのであれば、公務員の総合職に就くことが良いと思いますが、東大に楽勝で合格できる程度の学力が必要です。 あるいは、社長になって早く退職し、私財をで困っている国に寄付をすることも良いでしょう。 一般に仕事に就いた場合は、医療系や介護系などの人とかかわる仕事以外であれば、前に積まれた業務をこなすことで精一杯だと思います。
なるほど:2
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