オイルショック時の就職状況は今ほど厳しいものではありませんでした。1973年と1979年の二度にオイルショックがありましたが、どちらも4大卒の正規雇用の就職率は80%くらいです。当時今のような新卒の派遣社員や契約社員のようなものは殆ど全くありませんでした。70年代は3C(カラーテレビ、クーラー、マイカー)がどんどん売れ始めた時代。日本製品の輸出が徐々に始まる時代で、鉄鋼、家電、自動車など製造業界が多くの雇用を創出していきました。世界は冷戦時代。中国やアジア諸国が製品を安く作って日本にとって脅威となることもなく、また円安のおかげで日本の世界市場での独り勝ちが始まろうとしていた時代です。日本の大卒就職率が70%や80%と言っても、その数字の取り方も怪しいもので、就職を諦めて大学院や専門学校に進むことを決めた人を削って、契約社員や派遣社員として働くことが決まった人も就職内定者と見なして、積みました数字です。実質の正規雇用だけを見た就職率は2000年以降、実質50~60%くらいです。いまは超氷河期。少子化で新卒者の数が減るよりも速いスピードで仕事の数が減っていっています。グローバル化の流れの中、世界市場で競争力を付けるため、日本企業が中国やインドや東南アジアに生産拠点や事業所を移して、日本から仕事が無くなっていっているからです。そしてその傾向が止まる兆しは見えません。 日本のかつての経済発展は日本人の勤勉さもありますが、アメリカによって作られた部分も大きかったのです。戦後、冷戦構造になり、資本主義アメリカ陣営に取り込んでおくためにも日本の経済発展はアメリカの課題でもあり、GHQ撤退後も日本の通産省にはアメリカの役人や社会学者や人類学者までが派遣されていました。朝鮮戦争とベトナム戦争時は日本にそのための武器や部材や軍服を作らせ、日本の鉄鋼メーカー、繊維メーカーが恩恵を受けました。またアメリカはトランジスタ技術やブラウン管技術など、アメリカで製品化を諦めた科学技術を無償で日本に引渡し、日本メーカーが製品化を実現しました。その恩恵を受けて、日本経済が発展へと向かい、高度成長期に入社した世代は今や部長や役員となってコスト削減、人員削減、事業所の海外移転の計画を打ち出し、バブル時代に入社した世代は今や課長や次長になり、その計画を実行し、自分たちが増やした契約社員・派遣社員の契約を打ち切って、コストを削減しているのです。産まれた時代によってこんなに違うのです。
なるほど:2
うちの父が大体そのくらいの時期に就活してましたね。 今62歳で高校卒業してからしばらく家業を手伝っていたんですが、 20歳の頃に大学に行きたいと思って勉強して一浪して入ったんですが、 哲学を勉強したいってことで東洋大学でしたので、東大、京大みたいな 超一流どころとは程遠いですが・・・・・・。 今のようなリストラと言う物も無く、派遣社員っていう物もなく、 就職は割とすんなりと決まったようです。 結局家業を継ぐ事になったのでそこも3年ほどで退職したんですが、 今の状況よりはもっと良かったし日本の経済もまだ発展途上で希望があった と言ってました。 5歳下の弟が去年就職したんですが、内定切りにあったり、100社受けても 内定がもらえない状況でした。(某国立大学卒です。) 父は「俺の時よりほんとにひどいんだな。今は・・・・・・」 と言ってました。 必死であちこち受けてある一社から内定がいただけたので 今は弟はそこで必死に働いてますが、景気が悪く残業も極力制限されて、 ボーナスもこの先ちゃんと出るかどうか不安だ、と言ってます。 今が本当に一番ひどい時期なんだと思います。
なるほど:2
今より酷いってことはありませんでした。 今は先行きも不透明ですが、第一次オイルショックの時、日本はまだまだ高度成長時代でした。 大手企業の採用は必要最小限に絞られましたが、派遣などと言うものも無く、仕事さえ選ばなければ就職は出来た時代です。
なるほど:2
< 質問に関する求人 >
50代(東京都)この条件の求人をもっと見る
求人の検索結果を見る
< いつもと違うしごとも見てみませんか? >
覆面調査に関する求人(東京都)この条件の求人をもっと見る