英語のMASTER AT WARDで、明治初期には艦内取締、その後艦内教授となり、水兵上長(准士官)となった。 当時は階級=役職であったが、兵曹というのが下士官の階級として定着すると主任、班長の役職を改めて定める必要が出てきた。 その時役職の一部を伍長と呼ぶようになった。 伍長は古代中国で五人組の長、日本の律令時代の班長職。江戸期には班の事を伍と称した。 陸軍は二等軍曹を伍長と改称したのでそれ以降、役職に伍長を使わなくなったが、海軍は以降も使った。 兵学校生徒の委員を伍長、衛門の班長も衛兵伍長。海軍工廠の工員の班長も伍長である。 陸軍と違い海軍は下士官の定員が多く艦内の各職場には複数の下士官がいて職場ごとにリーダーとなる先任の下士官がいた。はじめは伍長を使っていたが、短艇伍長、衛兵伍長などの役職と区別し、部署により先任者の階級も異なるため先任下士と呼ぶようになった 海自でもこの先任下士官を引き継いで各部署のリーダーを永らく先任海曹と呼んでいたが、臨時のリーダーや特定の役職には伍長を使った。 米軍の上級兵曹制度をモデルに新たな先任下士官制度を作った。先任海曹と異なる新しい制度という事で、先任伍長と呼んだということになっている。 艦内海曹取締であり艦内に複数の先任海曹がいてもそのさらに先任者で一人という存在。 艦長に直接意見を求められる唯一の存在の下士官である。 先任伍長制度ができても先任海曹は各部署のリーダーであり今でも存在している。また臨時のプロジェクトリーダーは伍長と呼ぶ。(最近はPMが定着)
命名したいきさつはちょっと分かりませんが 先任伍長は業務上の上級者という位置づけではなく 時には若い隊員の相談役となったり、だらけた勤務態度に活を入れたり といった役割から考えて 単なる海曹組織のTOPではなく 親身に直接隊員と接触して指導する役割 つまり伍長としての役割を期待している、そしてその最先任という期待を込めて 伍長という言葉を使ったんじゃないかなと思います 海自は海軍の伝統を受け継いでいて 伝統墨守と言われながらも、形式張ったやり方を良しとせず、ざっくばらんな組織を良しとするところがあります
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