バブル期の異常さというのは、知らない人が既に結構いることにほっとするような気もしますが、でも忘れてはいけないことだとも思います。 お父様のような優秀な方はもちろんそうですが、そのころ各企業は「新卒の従業員はいればいるほどいい」とばかりに学生を採りまくったんです。バブル期と言えば、ディスコで踊るボディコンねえちゃんとお立ち台、という言葉はご存じかも知れませんが、今から考えれば根拠の薄い思い込みで舞い上がった景気に乗じて大して働きもせずに豪遊しているような人間が数多くいて、ディスコではVIP席というちょっと高いところ(物理的に高いところ、ダンスフロアを俯瞰できる場所)で悠々と高い酒を飲みながら、お気に入りの女の子を「黒服」と言われる従業員に指名するんですね。そうしたらその女の子はやって来て、はっきり言えばその成金相手に売春するわけです。そうやって成金に取り入れれば大金ゲットなのですから、ディスコで自主的にストリップをする女の子が跡を絶ちませんでした。こういう女の子は職業は何かというと、無名短期大学の学生だったりするんですね。贅沢さえ言わなければ、これだけ遊び呆けている無名短大生でも、職にあぶれて困るという心配はなかったわけです。いかに企業が新卒生を採りまくっていたかわかるでしょ? しかし、好景気があれば必ず不景気があります。バブルのあとは日本は長い長い不況に苦しみました。この不景気の時期に、企業は人員整理にかかります。最初は中高年以上の従業員に予定より多くの退職金を出して「辞めたい人を募集する」という穏健な方向に行ったのですが、企業はそれでは追いつかないぐらい切迫してました。ですから「辞めさせ屋」なんて呼ばれる職業のノウハウが確立されたのがこのころでしょう。 いまのマスコミはしらばっくれていますが、派遣労働という労働形態が法的に正式なものになったのもバブル期と重なります。当時は「会社に縛られない新しい生き方」としてかなり賞讃されてできあがった制度です。 で、何が言いたいかというと、その長い不況が終わったときに景気が上向いて、企業が採用を増やしたというわけではなく、企業は新卒採りすぎという失敗を1回してますので、正規雇用は増えなかったというわけなんですよ。最初は限られた使い道しかなかった派遣労働という形態が万能になってしまったこともあり、雇用の調節弁としてこの制度が使われているということです。 企業の方ばかり責めるのも不公平ですね。4年制ではあるけどまぁ大したことないと言えるような大学の文学部、いまなら就職を目の前にして焦りまくるような立場ですが、そういうところを出たような女の子がバブル終焉の後に就職活動をして、待遇がいい会社がないことに失望するわけですね。そして「誰にでもできる仕事はしたくない」と言ってAV女優という職業を選ぶ。ある意味究極の誰にでもできる仕事なんですが、誰にでもできる仕事はしたくないというのは他の人と同じような収入じゃイヤという意味ですので彼女にとってはAV女優はステータスなんです。 バブル期というのは時期的に第2次ベビーブーム世代が大学に流れ込み、大学という教育機関が史上空前の人数を受け入れなければいけない時とも重なりますので、大学の個性というのを無視して「偏差値」というもので直線上に並べるという悪習ができたのもこのころだと私は思ってます。 いま、しばしば学生が自分の大学のレベルは低いから就職戦線に向けてどうのこうのと言ってるのを見ると「大学をレベルでしか語れないって寂しいことだ」と私は思います。ですが考えてみますと、たぶんそういうことを言っている学生の親御さんというのはバブル期にとんでもない好条件で雇われたか、ギリギリ乗り損ねたかっていう境目だと思うんですね。「いい大学を出ればいい就職ができていい人生」が通用していた世代のジュニアがいまの学生だと思うんです。ですから親御さんから常に「いい大学さえ出れば勝ち組」と言われて育ったんでしょう。逆に言えば、いい大学からいい就職にというラインから外れたら人生は落伍者として終えなければいけないみたいな強迫観念。 実際には、ひとりひとりを良く検討もしないで企業が「あるだけ刈り取っておけ」とばかりに採用した新卒は、大学までの人生とその会社しか知らないわけですから、その会社から「お前ら、つまらない」と言われ捨てられてるんです。そういう面はどの会社も見せたがらないのであまり目立ちませんが。 そういう世の中になって、かつての「いい大学からいい会社に入っていい人生」という考え方に馴染めず他の道を採った人たちが「面白い人」ということで脚光を浴びたりしています。自慢ではありませんが、私はそういう人生を歩んだと自分で思ってます。 私は不思議で仕方がない。なぜ、国の政策と企業の身勝手にこれほどまでに振り回されてなお「企業に属しているのが働くという意味」「新卒で就職できなきゃヤバい」なのか。そんなに、大集団に属していないと不安ですか?と言いたい。 長男は家業を継ぐ。次男坊以降は手に職をつける。これが働くという意味だった時代の方がはるかに長く、そして真っ当だと思います。サラリーマンなんてのは家業も継がなきゃ手に職をつける気もない道楽息子がその場しのぎにやる賎業だったわけですね。昭和初期ぐらいまでは。 戦後の高度経済成長で「企業のサラリーマン」というのが一番安定していて一番オイシイ職業だったのは認めたいと思いますが、その価値観の最後のひと燃えがバブルだったと、私はそう思ってます。 バブル期の就職についての質問なのにいささか話を広げすぎましたが、歴史が下ればバブル期というのは「働く」のスタンダードなあり方が「企業のサラリーマン」であるという考え方が短い生涯を終えた時期として記されると私は思ってますので長々書かせていただきました。 いま起こっているのは価値観の大転換なんです。政治家も官僚も財界人も、旧価値観におけるエリートですからなんとか変わらないようにと願ってるんでしょうが、変わり始めている現実を目の前にして右往左往しているだけです。これからの日本を支える考え方は、今日までの数十年は周辺に追いやられていた人の中から生まれてくると思います。
なるほど:1
その様な異様な状況が観られたのは、1989~1991年迄(大目に観て1988~1992年)で、且つ特定の業界に限られていた、と云っても良いかと思います。自身が知る限りでは、不動産(建設)関係・証券・アパレル辺りが突出していて、それに保険(生保・損保)等も小耳にしたことが有ります。左記の3つの業界は、正に「異常」と評しても良いくらいでした。 ただ、証券市場が低迷し始めた辺りから、異常な採用活動は影を潜め、総量規制が発動された後は、見る影もないというか、それまで大盤振る舞いをしていた処が、内定取り消しは勿論のこと、導入研修後の子会社転籍を匂わせたりして、採用圧縮を図った処も有りました。 先述した業界を中心として、中長期の経営計画が相当杜撰作られていて、「景気は右肩上がりし続けるので、人員確保が優先」という、今考えると何の根拠も無い妄想で突っ走っていた、ということになります。勿論、戦力の核として期待されるのは大卒者であり、現在の様に、「バカの金太郎飴」の様な大卒乱造という時期ではなかったので、多少のバカ大でも大卒者を「ヨイショ」して抱え込むという、実に安直な行動をしていた、という話です。
今時は大学進学率50%で「大学に入るのは簡単だけれども、卒業しても就職が大変」で、バブル期は大学進学率25%で「大学の入るのは大変だけれども、卒業しての就職は簡単」だったのです。 バブルの頃は、高卒よりも大卒が少なかったから「大卒が希少」だったのであり、今時は、高卒よりも大卒が多いので「大卒も普通の人」となってしまい、就職活動で接待されたりしないのですよ。 バブル期には、AO入試とかもなく、慶応SFCや早稲田国際教養とかもなく、ガチな「受験戦争(死語)」を勝ち抜いた人だけが大学に進学できて、浪人生が何十万人もいたわけです。今は、浪人なんかしなくても大学に行けるでしょう?
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