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「アントン・ハイセル」とは?

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    力道山が日本プロレス協会を 旗揚げした際に目標としたのは かつて自分を冷たくあしらった相撲界でした。 力道山はプロレスをプロスポーツとして世間に認めさせ 日本プロレス協会を法人化して 角界に負けないシステムを 築き上げようとしてました。 力道山はそれを自分1代で成し遂げようとしてました。 しかし力道山が急死したことで 詳細な内容は判らないままです。 でも関係者の証言や力道山が語ってた内容から察すると 力道山は自分が引退した後の社員や弟子達の 生活をかなり考えたらしい。 東京オリンピック迄の完成を計画してた リキコンツェルンの観光事業や スーパーマーケットの事業も 自分の富や名声だけでなく 引退後の弟子達の生活のことも 考えた事業だったのではないか。 現に予定してたゴルフ場の敷地内には 日本プロレス協会の慰労施設の建設も入ってたらしい。 角界では相撲を引退しても ある程度の地位まで行けた力士なら 親方や協会の仕事もある。 そこまで行かなくても引退後の生活に 現役時代の名前を使ってビジネスをしてる元力士もいる。 ならば相撲界にメラメラと対抗心を燃やす力道山が 角界を越える為の手段として 引退後の弟子達の生活を こう保証出来ると世間に提示する ことを考えてたとしてもおかしくない。 しかし力道山急死により 日本プロレスはグチャグチャになり放漫経営が続き 儲かりながらも破滅の道へ進む。 日本プロレスの頃 ジャイアント馬場は ジャイアント興行という名の興行会社を持ち アントニオ猪木は アントニオ・エンタープライズ という個人プロダクションを持ってました。 ジャイアント馬場、アントニオ猪木 程の知名度と人気があれば プロレスを引退しても タレントになってもやっていける。 それとも現役時代に稼いだギャラだけで遊んで暮らせる。 事実、昭和40年代の頃から アントニオ猪木には政界進出の噂もあったし 引退後はプロボウラーかと噂もあった。 タレントとしても人気があり活躍してる。 アントニオ・エンタープライズ制作による ブラジルの秘境を探検する 猪木主演の映画も計画されたほど。 ジャイアント馬場は力道山時代から アメリカ映画に出演してるし 日本でも映画に出演し かなり高額なギャラを稼ぐ人気タレントでもある。 でも他のレスラー達はそうは行かない。 残念ながら力道山亡き後の 日本プロレス協会は、どの所属レスラーも 馬場・猪木のBI砲の人気に ぶら下がってるだけで集客力は無い。 現にBI砲がぬけた日プロはすぐ崩壊した。 引退してもプロレス時代の名で食えそうにない。 プロレスラーが一般のサラリーマンより 高い給料を得てようが 貯蓄してる者がどれほどいるか。 アブドーラ・ザ・ブッチャーは プロレス界でも、かなりなドケチで知られてる。 とにかくカネに五月蠅い。 インタビューでも高額なギャラを要求する程。 なぜブッチャーはカネ・カネ・カネなのか。 彼は日本のレスリングマガジンという 雑誌のインタビューで プロレス界のボス達が如何にレスラー達に冷たいか を明かしてました。 そしてプロレスは 何の保証もない明日をも知れぬ稼業であり 仕事を失ったレスラー達の末路を散々見てる。 だから我が身を護るにはカネを蓄えておくしかない とも言ってました。 確かに引退後のプロレスラーの末路は 悲しいケースが多い。 アントニオ猪木が力道山の考えを 知ってたのかは不明ですが プロレスラーとして全盛時代の頃から 既に配下レスラーの引退後の生活に ついて考えてそうです (保証、保証と主張する者に否定的な見解もしてますが)。 アントニオ猪木の第2の故郷であるブラジルでは ガソリンの代わりにサトウキビから アルコール燃料を作って それで自家用車が走ってる。 でもサトウキビのカスが 大きな公害問題となっている。 "サトウキビのカスを発酵させると家畜の餌になる" というバイオ技術を持っているという科学者が ある人を通じてアントニオ猪木と知り合う。 アントニオ猪木はプロレスで パキスタンなどの中東を周りながら 砂漠化した土地と食糧難で 苦しんでる人達を沢山見て来た。 そのバイオ技術を応用すれば ブラジルの公害問題が解決する。 家畜の糞尿は肥料になり緑化に繋がる。 砂漠の緑化や将来の食糧難を防ぐことになる。 ところがバイオ技術を持つという科学者によると これをやろうとする人が誰も居ないという。 実際に日本で実験したら サトウキビのカスが発酵して家畜の餌になった。 それでアントニオ猪木は アントン・ハイセルという事業を起こして バイオ事業を開始。 先に書いたようにアントニオ猪木は 日プロ時代から大スターで 沢山の収入を得て来たし プロレスを引退しても その知名度で次の人生も開ける。 もしアントニオ猪木が自分だけ儲かって 得してれば申し分ない、という考え方なら アントン・ハイセルは無かったと思います。 自分の事だけしか考えてないなら 儲けたカネで日本の各地に別荘を持ったり 土地を購入して不動産収入で快適な人生設計の道もある。 でもアントニオ猪木は違った。 しかし日本では巧く行った発酵が ブラジルでやると風土が違う為か全く発酵しない。 更に研究が必要となり 膨大なカネがかかっていく。 しかもブラジルでは大不況が起こり物価が急上昇。 日本からの幾ら資金を回しても足りない。 その頃、新日本プロレスは 猪木アリ戦での赤字を乗り越えて 興行はどれも満員札止めな好景気。 そこへタイガーマスクの大ヒットとなり社会現象となって行く。 だが新日本プロレスのレスラーや 社員の1部の人間から こんな儲かってるのに経常利益で 黒字がやっとな状態でいるのが おかしいと思う者が出て来た。 これだけ儲かってるのに自社ビル1つ持てやしない。 それは収益がアントンハイセルの 事業へと流れてる為ではないかと 疑うレスラーと社員が 秘密の会合を持つようになって行く。 その中で新日本の営業職の者が 中堅レスラーの実家を訪ねてきて 社債を買わせたとか ある役員が自分の家を担保にして アントン・ハイセルに渡したとか そういった話がドンドン出てきた。 当時の新日本プロレスは アリ戦直後はボーナスが 5千円だった時期もあったけど ギャラや社員の給料は1度も遅延してない。 秘密の会合をやってた頃は 確かに社員や選手への昇給はされてなかった。 でも、その分ボーナスを割増しにして 遅れることなく支給してる。 だがギャラや給料が未払いになるとの 噂が流れるようになる。 秘密の会合による当初の計画では ハイセル事業に反対する 社員とレスラーによる連判状を 作成してアントニオ猪木社長に提出。 これだけの社員やレスラーが 反対してるのだから事業は止めて欲しい。 それで社員全員で事業の負債を返済しましょう。 連判状はその場で燃やして終わりにする。 ところがレスラー側と社員側で 意見が分かれることが増えてきた。 主導権はレスラー側が持つようになって行く。 先に書いた連判状の読み上げ計画は アントニオ猪木と坂口征二の退任を要求する内容に変貌。 それによりアントニオ猪木は社長を 坂口征二は副社長を退任。新間営業本部長は退社。 そして新日本プロレスは 彼等"クーデター派"による新体制となります。 クーデター派が強硬な姿勢でいられたのは 人気絶頂のタイガーマスクがクーデター派にいたから。 しかしタイガーマスクは アントニオ猪木を蔑ろにする計画に反対。 タイガーマスクの佐山さんは アントニオ猪木が推奨してた 格闘技路線の第1号の選手として予定されてました。 その計画がとん挫してから 武道家としての道を歩もうとしてた頃でもあり クーデター派に嫌気がさして新日本を退社していました。 クーデター派が実権を握ってから 社内の体質が変わったようで 例えば猪木社長から出勤時間を 自由にさせてくれてた社員は 突然、新体制から出勤時間の厳守を言い渡され ギスギスした環境になって行きます。 ですが新体制は長くは持ちませんでした。 猪木アリ戦によって赤字を抱えた新日本プロレスに テレビ局の役員が出向しており 猪木社長も坂口副社長も 新日本プロレスでの主導権は殆どありませんでした。 その後に社長職と副社長についた者も同じことです。 新体制の新日本プロレスへテレビ局の中でも 最も影響力の大きい役員が乗り込んで来て 新日本プロレスとは次から契約しない 今後はアントニオ猪木と新団体を作って そっちを支援して行くと一喝。 確かにタイガーマスクも アントニオ猪木も居ないプロレス団体には テレビ局として何の魅力も無い。 連中の試合で数字が稼げる訳が無い。 これで新体制は "一応" のところ崩壊。 アントニオ猪木と坂口征二は復職。 しかし責任を感じた社員達が 当初予定とは全く違う内容になったとはいえ 会社に迷惑をかけたから退職すると アントニオ猪木に報告。 彼等は退職後に大藤興行という会社を作って チケットを売ってのんびりと やって行きたいとのこと。 アントニオ猪木は、ならば 新日本プロレスの興行を手伝って欲しいと提案。 新日本プロレスの名称を残す為に "新日本プロレス興行"という会社を持ってるから それをやると。 それで新日本プロレス興行が本格的に動き出す。 そこへ登場したのが営業など興行面を一新した 全日本プロレスの代表ジャイアント馬場。 新日本プロレス興行に馬場代表から 全日本プロレスの営業が弱いから 出来る範囲で好いから手伝って欲しいと打診。 それを手伝ったことで 新日本プロレスとの関係が悪化。 新日本プロレス興行はジャパンプロレスとなり 維新軍団を引き抜き、全日本プロレスと正式契約。 新日本プロレスに宣戦布告することになります。 ※追伸。 ちなみにアントンハイセルの事業は 形を変えてアントン牧場になったとか。 ジャパンプロから維新軍団が新日本へ戻り UWFの面々が第2次UWFを作り 闘魂三銃士が活躍しだした頃 沖縄で新日本プロレスの面々が過ごしてる様子が ワールドプロレスリングやプロレス雑誌に紹介。 アントニオ猪木・藤波辰巳・長州力らが 海岸で焼き肉を食べてるのですが それはアントニオ猪木の アントン牧場からの肉です。

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  • 新日本プロレス社長だった猪木氏の副業の会社。社会現象にまでなった新日本プロレスの利益を飼料開発の経費につぎ込んで空前の大量離脱を引き起こしました。

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