解決済み
脚本家、原作者はどこまでメディアミックスに立ち入れるんですか?小説がドラマ化、劇場化された場合や脚本家が書いたものが同じ様になる場合に その小説家や脚本家はどういう立場、或は発言権をもつのでしょうか? ディレクターやプロデューサーとの上下感や、小説家であった場合、脚本家であった場合などの 「作品が制作された時の業界内での立ち位置」や「発言力」なども踏まえて教えて頂けるとありがたいです。
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まず小説原作について 映画化もドラマ化も発端はプロデューサーになります。彼が映像化するにあたって、出版社を通して原作者への許諾作業に入ります。原作者ですから当然発言権は有りますが、制約事項などは人それぞれです。あくまで許諾時に前提条件としています。 映画化などで、その作家の作品もそれ以外の著書も売れる可能性を秘めているため、基本的には出版者も作家もウエルカムです。新人の作家や売れない作家、認知度の無い作家は、下手に条件をつけず、まずは認知度アゲを第一に、あまり条件をつけないで許諾するケースが多いです。一方、高名な作家の場合は作品の世界観が損なわれるような描写や表現をされる事を嫌う人も多く、台本のチェックをはじめ、設定や俳優の起用まで言及したり、場合によっては許諾すらしないケースも有ります。 もちろん、有名な作家さんのなかでもドラマや映画は所詮エンタテインメントという別物と割り切ってあまり制約をつけない方もいます。ドラマや映画化による認知度アップ・売上げアップは、新聞や雑誌広告よりもはるかに効果的でありながらお金を払うどころかもらえることにもなるので、どこで割り切るのかは作家次第です。 一方、制作側は著名な作家の作品は、本来の作家ファンも見てもらえる皮算用が働きますので、作家の機嫌を損ねないようにするだけでなく、太鼓判を押してもらえれば作家自身も宣伝協力してもらう事も考えられるので相当気は遣います。 脚本家の場合 脚本家に依頼するのはプロデューサーです。脚本家は彼からドラマや映画のテーマ、流れ、展開などを聞き、細部を描くためにシナハン(シナリオ執筆のための取材)し、第1稿を書き上げます。その後、プロデューサーだけでなく監督などとも打ち合わせを繰り返し最終稿である「決定稿」を書きあげるまでを仕事とします。 小説の原作者に対しては許諾ですが、脚本家へは委託なので根本のシステムが異なっています。 脚本家の発言権はもちろん有りますが、より良い映画を作るためのブレインと考えたほうがいいかもしれません。自ら執筆しているので、プロデューサーや監督も気づかないキャラの矛盾点も気づくこともあります。逆に、技術的やスケジュール的に脚本どおりに撮影できない場合は、その制約に合わせて脚本を変えることもあります。いずれにしてもみんなで話し合いながら作っていく「台本」の書き手という存在ですから発言権は当然あります。ただ、同じ業界ですので、格やランクなどがそれぞれ存在します。売れっ子や退化ともなると、書き直しはしない!なんてことを言う人もいるようです。 脚本家のメディアミックスついて、ともとれる質問なので、書き加えると もし脚本家が書いた小説を別な脚本家が書いたときはどうするのか?という事に言及すれば おそらく、原作を書いた脚本家も「原作者」と同じ扱いになります。 「異人たちの夏」という映画は、原作が山田太一氏、脚本は市川森一氏でした。市川氏の書いた脚本を読んだ山田さんが激怒したという有名な逸話も有ります。ただ、今にして思えば、市川氏が勝手に書くわけはなく、プロデューサーも監督も承知の上で書かせたわけですから、市川氏だけで怒らせたわけではないでしょう。(特に大林宣彦氏が監督なので) 激怒はしたものの結局映画化されているので、どこかのラインで納得されたのではないでしょうか(多分)
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