回答終了
欧米でも「今年の抱負」とか「校長先生のお話」とか「来賓挨拶」みたいな目的不明のスピーチって多くありますか?要は議題が明確ではなく、そもそもなんの為なのか、なんの問題解決になるのか、目的不明、無意味、誰も聞いてない、言っても言わなくても聞いても聞かなくてもいいような話のことです。 日本は義務教育から社会人生活が終わるまで、死ぬほどそういうスピーチを聞かされるしさせられますよね。 個人的にすごく苦手で、話すこともないし、聞くのも苦痛です。 「この問題についてあなたの意見を述べてください。」 という形であれば話すことも次々湧いてくるし、聞いてても面白いのですが、例えば中学校の運動会の来賓挨拶などもし頼まれたら、ネットでテンプレを探して若干言い回しを変えたりしてやり過ごすことになります。 どう考えても話す価値もないし、聞く価値もない話にしかなりません。 コメディアンや落語家ならテクニックで面白くすることもできるかもしれないし、哲学者や人格者なら他の人に気づきを与えるようなことを話せるかもしれませんが、単なる一般ピーポーである人間にこのようなスピーチをさせてもなんの価値もないように思います。 とても変わった、時間の無駄な文化だなあと思うのですが、欧米でもそういうのはあるのでしょうか?
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さぁ〜、其れはご質問者さんの個人的な受け止めであって、それに対して質問されてもなぁ〜って思料しますが。 英語圏二ヶ国で三年弱の間を日本で過ごし、約十年年ほど現地校で育てましたし、大学が米国に行きましたから卒業式にも参加しています。 例えば、オーストラリアの小学校ではInternational Dayと言う日があり、各国の衣装を着て、各国の料理を模擬店の様なStallで売ったり、民族舞踊、歌などのパーフォーマンスがあります。そんな機会には市長とかが挨拶にたちますね。 アメリカのJr Highの卒業式も、PTA会長とかSchool Districtからの来賓などが挨拶にたちました。勿論、校長も長い?挨拶をしました。 大学なら学長だけでなく、校友会会長とか学部長、出身者で財界有名人、例えば、e Bay創業者なんかがスピーチしました、最後にTossing graduation capがあってお開きですネ。 で、それらが、おっしゃる「 目的不明、無意味、誰も聞いてない、言っても言わなくても聞いても聞かなくてもいいような話のことです」なのかは、個人的にはそうは思わなかっただけの話しですが、あくまでも個人の主観ですからね。
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