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映画監督になりたい

映画監督になりたい映画監督になりたい高1です 将来は別に映画の専門学校などに行くつもりは全くなく普通の大学に進学したいと思っています。 そこでサークルや映画好きの友人などを作って自主制作で映画を作ってコンテストや制作会社に送ったりしたいと思ってるんですけどこういう方法で上手くいけば映画監督になれますかね?(どう言えばいいか分からないですが会社などから製作費用などを出してもらえる監督に) 回答お願いします!

補足

脚本は書いてできるだけコンテストとかに出したほうがいいですよね??

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回答(2件)

  • ベストアンサー

    AVの監督になりたいんですね? 人件費などを考慮して、盗撮モノがおすすめです。はい。

  • 私の注目する日本人監督が、現在3人います。 北村龍平、園子温、山口雄大。 彼らのいずれもが自主映画の出身ですよ。 今の日本の映画界は壊滅的にダメです。いい作品を決して撮れない環境にある。それは大手制作会社がいい映画を作る気が無いためです。 じゃあ、どんな映画を作ろうとしているのか。それは「儲かる映画」なんです。金が入ればいい、ということ。 だからジャニーズの人間を登用したり、演技も出来ないようなアイドルを使ったりするんです。 まずは映画の歴史から勉強することですね。世界の、そして日本の。それでいろんな映画を数多く観ることです。観ることで映画の手法を自分のものをすればいいんです。 人間の能力というのは、大体1000の単位で向上する。それまでは全然変わらないと思っていい。1000本の映画を観ると、「あれ?」と思うようになる。10000の映画を観れば、ちょっとは語れる人間になりますよ。 まずはそのぐらい観ないと、映画のことはわからないと思っていい。だから映画学校なんてものがあるけど、そんなとこへ行っても誰も映画監督にはなってないんですよ。なれても、今の制作会社の意向によってろくな作品を作れないわけ。 日本の映画は世界的に優秀だったんです。その余慶で今も世界各地で賞をもらえる。実際には大したことない映画であっても、海外の人は「日本的」であると好感を持ってくれるから。でもいずれ彼らにもわかりますよ。「ああ、日本映画はダメになったのだ」と。 昔の日本映画が優れていたのには理由がある。それは映画を愛し、「いい映画を作ろう」と考えていたからです。 まあ、時代が違うわけだけど、テレビの無い時代には映画は最高の娯楽だったんですね。また身近にある芸術だったんです。 だから作る側もお客さんが感動する作品、面白い映画、優れた芸術作品というものを作ろうと思っていた。この辺は『蒲田行進曲』を観ればわかりますよ。昔の松竹蒲田撮影所の姿を描いている。 どいつもこいつも凄まじいバカなんです。映画バカというものですね。何しろ、いいシーンが撮りたいから「お前ちょっと階段から落ちてくれ。死ぬかもしれないけどな」と平気で言えるんですから。そういう人間が作るんだから、面白いものにならざるを得ない。本気なんですよ。いいものを作る以外の思考が無いわけ。 北村龍平の『ヴァーサス』、園子温の『愛のむきだし』、山口雄大の『地獄甲子園』。この辺りを観て、いい映画を作ろうと思っている、ということを感じればわかります。彼らこそが日本映画の魂を引き継ごうとしている人間なんです。 彼らは自主映画を作っていたわけだけど、その情熱がいい作品を生み出し、見出された人間達なんですよ。でもその道は誰にもわからないんです、成功するかどうかは。だから当然のことだけど、自分が有名になりたくて映画監督になりたい、と思うのならば無理なんです。 彼らは「いい映画を作りたい」と思っていた。だから食えなくて死んでもいいんです。映画は金がかかるものだから、必死で他の仕事をしながら「いい映画」を撮るために生きてきたんですね。その心が彼らを結果論で成功させたんです。 ここが人生の難しさなわけだけど、自分のために生きれば必ず潰れる。しかし自分以外の価値観で進めば何かを生み出す。 まあ、こういうことは自分で映画監督の研究をすればいいんですよ。日本の監督であれば黒澤明とか小津安二郎とか溝口健二とかいろいろといるわけだから。 海外であれば私はジョン・フォード、アンジェイ・ワイダ、アベル・ガンス、フランソワ・トリュフォー、ヴェルナー・ヘルツォーク、ルキノ・ヴィスコンティ、セルゲイ・エイゼンシュタイン、スタンリー・キューブリック、ルネ・クレマン、ジュゼッペ・トルナトーレ等々。もう無数にいるわけだから。 そういう監督の研究をし、彼らが何故一流となったのかを知ればいいんです。必ずその理由があるはずなんだから。 例えばアンジェイ・ワイダは私の敬愛する監督だけど、彼はポーランドの出身です。その祖国は非常に悲しい歴史の中にあった。ワイダは第二次世界大戦の時にナチスに虐げられた経験を持っている。レジスタンスとして戦った若者だったんんですね。だから彼の映画は祖国の悲しみを描くものが多い。 しかし最も根底にあったのは、軍人であった彼の父親がカティンの森で虐殺されたことにある。誰がその虐殺事件を起こしたのか、謎だったんですね。だから自分が映画監督となり、父親の死の真相をいつか暴いて描こうと思っていた。そして老齢となり、ついにその謎を解き明かし、『カティン』という映画を撮り上げた。 こういう情熱がいい監督にするんです。 補足へ。 「いいもの」を書こうとしなければならない、ということですよ。 芸術を志す人間であれば、必ずサマセット・モームの『月と六ペンス』を読まなければいけない。

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