解決済み
おしゃれな人は仕事もできると、ある心理学者が書いていたので、それならおしゃれになろうと、服装のセンスがまったくない者が、おしゃれをしようとすると、却って無様なものになる可能性がありますか。
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現代において「服装のセンス」とは、つまるところ「知識の量」とデザインにこめられた情報を読み取る「リテラシー」、それら知識や情報が世の中においてどう扱われているかを読む「文脈力」です。 この「知識の量」「リテラシー」「文脈力」によって「この私」を世界に向けて表現することが「おしゃれ」であると言えます。 そう考えると、「仕事ができる=その道に精通している」人はおしゃれ、というのは100%真ではないけれども、ある程度はうなずけます。 なぜなら、「知識の量」「リテラシー」「文脈力」はそのまま、仕事につながる能力だからです。 先の人が例に挙げた技術専門職ですが、やはり外科医は私服も外科医っぽいですし、大工は大工らしい。 それは、浅い意味での「オシャレ=見た目のよさ」には当てはまらないかもしれませんが、つきつめた意味での「おしゃれ=その人の人間性の表出」には充分当てはまると思います。 それで。 この質問なんですけど、結局は何が言いたいのかな?と考えました。 僕には、一番の[目的]は「仕事ができるようになること」で、そのための[手段]として「おしゃれになる」ことを挙げているように思います。 その正否はおいておくとして、問題は、[目的]と[手段]が混同されてしまっていることです。 この質問文を読むと、以下に整理できます。 ①おしゃれな人は仕事ができる ②「おしゃれ=仕事ができる」ならおしゃれをしよう ③服装のセンスがない人がおしゃれをするとみっともないことになる と短い質問文であるにも関わらず、主題がズレていってしまってることにお気づきでしょうか? もしこのことに気づかれていないのでしたら、それは危ない。 自分の思考をメタ認知できていないことになるからです。 まずはゆっくり、自分の思考を客観視することがあなたには必要なのではないかと私は思います。
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