解決済み
獣医になりたい高校一年の女子です。獣医の仕事は、動物が好き、病気やケガを治してあげたい、という気持ち(当たり前ですが、知識も)さえあればつとまるものでしょうか?先日インターンシップに行き、実際に手術、治療見学をしました。下品な表現で申し訳ないのですが、かなりグロいのも見て、見るのは普通に耐えられましたが、自分が治療する立場ならどうだろう?と思いました。率直に言いますと、獣医の方はこのグロさ(すみません)をどう捉えていらっしゃいますか? アドバイスなどよろしくお願いします。
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解答失礼します。 少々長文になります。 私は獣医師ではありませんが、獣医学科に通う大学生です。 学習内容の一環として解剖実習や臨床の見学など色々経験して来ました。 質問者様のおっしゃる通り、根本的に「動物が好き」と言う感情は持ってしかるべきと思います。私も大好きです! ですが 通常、獣医学科に入ると1年生の時に獣医師になるための心構えを叩き込まれます。 先生方がその時、口ををそろえるのが「獣医師は動物を可愛がるのが仕事ではない。動物を通して人間社会に貢献することが仕事である」と言うことです。 いざという時、人間社会のために「動物の死」を決断できねばなりません。 例えば… 以前口蹄疫が話題になった際、県外への感染を防げたのは、獣医師がいち早く口蹄疫に感染した牛や付近の牛舎の牛の殺処分を決断したからです。これによって畜産業への被害を最小限に抑えることができました。 小動物臨床でもそうです。 完治が難しい状況で、無理な治療を続け、治療行為によって動物が苦しむだけと考えられる場合、最悪、安楽死を飼い主に対して提案する場合が有ります。 これによって、動物が必要以上に苦しむ事を防げます。さらに、飼い主の経済的負担を軽くすることもできます。 獣医師も人間です。人間社会で生きていくために、人間の生活に貢献し、お金をもらって仕事をしなければなりません。動物の命を第一に考えたい気持ちはわかりますが、それがまかり通らない場合も有ります。 これに納得できないようでは、獣医師は向いていないかもしれないです。 動物の手術の際の「グロさ…」と言う所ですが、私の同級生にも解剖が苦手で抵抗のある方はいます。質問者様の感性はごもっともです。ですが、座学で学んだ解剖の知識を深める為にも解剖や手術の見学などは非常に貴重な経験です。経験せずして獣医師になる事は難しいでしょう。 どう捉えるかは人によりますが、私はグロさとかそう言う感覚よりも「この経験に協力して頂いた動物に失礼にならぬよう生かさねば」と言う感覚の方が先行しています。 ですが、獣医師の仕事には色々あって、必ずしも手術が必要なわけでは有りません。例えば公務員獣医師とか…研究員とか… 手術が自分に向いていないと思えば、手術が必要でない分野で活躍すればいいのです。
なるほど:1
別に何とも思わない そもそもそんな私情を仕事に持ち込むなら、どの仕事もできなくなるだろ 公私混同するとか三流としか言えない
獣医では無いですが、学生時代は牛や羊などの大動物を解剖学で実際解剖していました。 最初に解剖室に入った時は、吐きそうでしたが、自分が放血や皮剥、内臓処理とやっていると意外と出来ました。 そんなに心配ないと思います。 ただ私達が獣医学部の連中の感覚を疑ったのは、日頃学内で放し飼いで飼って居る犬を解剖していることでした。 なついて可愛がっていたくせに・・・・。 貴様ら悪魔かと、言ったところ「なれ」だと言っていました。 愛玩動物と、経済動物と言う人間が勝手に決めた線引を動物に押しつけて良いのか疑問ですが、まあ仕方が無いのかも知れません。 頑張ってください。
余計なことを言うかもしれませんが、医師が厚生労働省の所管で、獣医師は農林水産省(畜産向け)であることからわかるように、動物の命を奪う側です。 動物を大切にしたいのであれば、文系に進み偉くなったりして社会を変えるべきではないでしょうか? 日本は昔から動物を大切にしており、江戸時代以前の話ですが、動物を殺したものは百叩きの刑にされていました。 明治に入っても森林などを開発するときは動物たちに対してここは開発するから出ていきなさいと警告していました。 今は西洋の方が動物愛護が進んでいるようですが、昔は日本の方が進んでいました。日本の伝統を思い返すべきだと思います。 ご質問者様がまず動物のためにできることの一例は、畜産は廃止すべきということを知人・友人に意志を以って伝えることだと思います。
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