回答終了
父の会社には、いわゆる「働かないおじさん」と呼ばれるような、高い給料をもらっているのにあまり仕事をしていないように見える年配の社員さんが何人かいるそうです。 一方で、私たち若者は厳しい就職活動を乗り越え、低い初任給からスタートしなければなりません。 彼らを解雇するのは「残酷」なことだと思います。 長年会社に貢献してきたのかもしれませんし、家族もいるでしょう。 しかし、彼らをそのままにしておくことは、これから厳しい日本を背負っていく私たち世代に対して「不公平」ではないかと感じてしまいます。 この状況は、倫理的にどちらが「正しい」のでしょうか? 個人の生活を守るべきなのか、それとも世代間の公平性を優先して、会社の未来のために若者に投資すべきなのか。社会に出るのが少し怖くなりました。 皆さんはどうお考えになりますか?
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まずお求めなのは誰にとっての正しさなのか。倫理的という言葉は時代によって基準が変わります。数年前はアリだった事がいまはありえない事、ないですか? 誰しもが自分が「ノッてまあまあ認められて」いる時期があります。会社にいて自分より無能がいると感じやすいかもしれません。 会社には人に評価されやすいポジションとそうではないポジションがあり、間にもいくつもの仕事がグラデーションで存在します。 例えば営業職一つとっても、担当に当たり外れがあります。外れに当てて若手が挫折したり退職されたら困るし、失敗で取引終了も困るので、ベテランに任せます。一発逆転!さすがベテラン!となれば良いですが、そんなはずもないです。衰えた体力や見た目を経験でカバーのベテランおじさんはどうするか? 自分も取引も切られないように、しかも自分の心を守る方法を考えながら日々を過ごすしか会社に残れないかもしれないです。 家庭には大学生がいたり、老親の介護施設への支払いや家のローンもあるかもしれない。 こんな仕事って思っても今以上の待遇は他所では望めませんし、以前より能力もやる気も下がった自分も、環境の変化に何度もは耐えられないでしょう。 働かない妖精とかあの人の仕事ダメよねと言われながらも会社にいるおじさんは誰がなってもおかしくない自分の姿かもしれません。 人ごとと思っている人に限ってそうなる可能性があるかもしれないです。
大抵の場合は仕事をしていないように見えるだけで、実際には仕事をしてます。 おそらく、高い給料をもらっている=何らかの役職がついているのだと思いますが、偉くなる人ほど、それほど忙しそうにせず、しっかり成果を出しているものですよ。 それが、仕事をしていないように見えるのは、寧ろ、その領域に達していないからです。 そして不公平とは何なんですかね? 世代間の公平性をというならば、若手に投資をするのではなく、真にこれまで成果を上げた人に投資するべきです。 若者への先行投資こそ、成果をあげていない人、上げられないかも知れない人にも投資されることになるので、不公平です。 若者は厳しい就活を乗り越えて →寧ろ、今の若者は全然厳しくない時代です。低い初任給と言いますが、初任給は過去を遡ればかなり高くなっています。今、偉くなっている人の初任給は今よりずっと安いですよ。 悔しかったら、とっとと会社に貢献して、成果を出して、出世して、その後サボったら良いのです。 今は若手でも成果を上げれば、スピード出世できます。まだ、成果も実績も上げる前から、誰が不要かの議論をするのは論外です。 自身で評価されるだけの成果を上げてから、不要な人は誰かに言及するのが筋だと思いますね。
そうだね:3
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