解決済み
こんばんは。質問なのか、愚痴なのかは分かりませんが良ければ回答よろしくお願いいたします。 私は発達障害です。障害者手帳3級です。 仕事において自分は仕事において満足いく成果を上げられていないはずなのに、周りの評価が不相応に高いです。正直頭が追いつきませんし、うまくこき使われてるだけなような気もします。会社や同僚には障害者である事は伝えてあります。褒めて貰えるのも障害者だからかなと考えてしまいます。 みんな周りは結婚して子供もいて大変そうですが幸せそうで。 私には仕事しかなくて、彼女居たことすらなく。コンプレックスや羨望ですごく落ち込み気味です。 気分や仕事へのモチベーションが上がりません。 気分を上げる方法や乗り越えた経験談などのアドバイスを頂けますでしょうか。 拝読ありがとうございます。
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こんにちは。 一応、発達障害と診断されている者です。 たとえば、恋人や結婚や子供を望んだとしてもそれが叶わなかったとします。 その場合わたしなら、自分には「必要なかった」んだと考えます。 自分の人生には必要なかったんだ、と。 もし自分の人生に必要であればできているはず。 できなかったということは必要がなかったということ。 と、考えます。 結果論で判断するというか。 この考え方は身近なことにも使えます。 たとえばわたしはメルカリをやるのですが、購入しようかどうかを迷っている間に売れてしまった場合には、「あれは自分には必要なかったんだ」と必死にそう言い聞かせます笑 そうすると、あまり引きずらなくて済みます。 望んでいる時はそれらが自分にとってとても重要なことに思えますが、実際叶ったら実は自分にとっては全然重要なことじゃないかもしれません。 つまり、恋人やら結婚やら子供やらは本当は今の自分の人生には重要じゃなかった、と。 (もちろん叶っていないので実際のところはわかりませんが) だから、それが叶わなかったんだ、と。 で、そうすると一生独身ということになりますが、その場合は、結果として自分の人生には独身である時間が、独身の経験が必要だったという風に考えます。 更に言えば、よくはわからないけどとにかく独身であるということがめちゃくちゃ今回の自分の人生では重要なんだとまで考える。 そうじゃないとどうして自分がここまで独身でいるのか意味がわからない、とも。 一方、結婚して子供までいる人はその人にはそういった経験が必要だったんだと考える。 また、スピリチュアル的な考え方をすれば、過去世では結婚生活を経験したので今世では独身の経験をしようと決めて生まれてきたのかもしれません。 自分がこうしたいやこうなりたいというより、自分にとって意味のあることなのか重要なことなのか。そこを基準として考える。 必ずしも、自分の望んでいることが自分にとって必要なことではないわけです。 恋人作って結婚して子供作る人生と一生独身の人生。それを両方経験して比較することは不可能だから、もちろん実際のところはどっちがよかったのは永遠にわかりはしません。 それだったら自分なりの答え、しかもいい答えを出した方がいいですよね。 そこは自分の自由に決められるわけです。 結婚して子供がいる。 そんな人生が幸せのように思うかもしれませんが、でもいざそうなったらもしかしたらめちゃくちゃ自分に合わずこれだったらよっぽど独身の方がよかった後悔する可能性だってあります。 あーあ、自分は独身の方が向いていたなあ、って。 (もちろん実際のところはわかりませんが) 結局、そういった人生がいいものだと、あくまでも今の自分の視点や価値観でそう勝手に思い込んでいるだけなんですよね。 言ってしまえば幻想というか。 仮に独身で人生が寂しいと思ったとしても、もしからし独身の人生がめちゃくちゃ今の自分の人生に重要なのかもしれません。 ただ自分が気づいていないというだけで。 (もちろんこれも実際のところはわかりませんが) わたしなんかは、長年鬱病に悩まされてほとんど死んでいる状態があって何もできない時期も結構あったりして。 現在も、寝て起きてこうやって知恵袋やったりテレビ観たり音楽聴いたりネットしたり内観したり。毎日その繰り返しで、傍から見ればさぞかし生産性のない生活に映るでしょう。 ただ、そういった経験をしているってことは多分、それが今の自分の人生に必要なんだと思います。 今はあまり実感はないですし、正直そう思えないことも多いのですが、もしかしたらわたしが気づいていないだけかもしれないし、後からその意味がわかってくるのかもしれません。 親との関係、後に判明した発達障害で学校や社会に適応できなかったり。それらが原因で鬱病を発症したり。 はっきり言って、これまで人生上手くいかないことの方が、少なくとも今の時点では遥かに多いです。 遥かに多いですが、そのおかげで自分のことや人生についてとても深く考えるようになりました。 むしろそれを考えられようになるために、そういった 辛い経験があったのではないかと思うほどです。 今回のわたしの人生は、そういったことを「考える人生」なのかもしれません。 哲学的なことが好きですし、自分の名前にも入っていますし。 多分、そういう人生なんでしょう。 おそらくわたしの性格上、何事もなく順風満帆に来ていたら、調子に乗ってそれこそ何も考えなく脳天気に生きてそして死んでいったと思います笑 もちろん、その代わりに普通に働いたりしたりするような世間一般的な経験はできませんが、反対にそれは少なくとも今の自分の人生には必要なかったと考えます。 そして一方、わたしがそうやって無為な日々を過ごしている中、世の中には人生を謳歌している人もいる。 ただ、少なくとも今のわたしはその気力や状態にはない。 結局、どれだけ願ってもどれだけ頑張ったとしても、誰しも人生、自分の思うようにならないことがあるわけで。 その時に自分にどう折り合いをつけるか。 わたしも長年、あなたのような悩みを抱えていたような気がします。 そんな中で至った考え方の一つがこういったことですね。 起こったことに関して言えば、それが自分には必要だったから。 一般的に人がしているような経験を自分がしていないとしたら、それは自分には必要がなかったから。 どんなに願ってもどんなに頑張っても叶わなかった場合には、それは自分の人生には必要なかった、むしろ全然重要じゃなかった。 もっと言えば、それが叶うことで自分が不幸になったかもしれない。 (再三繰り返していますが、実際のところ、どちらかよかったのかは永遠にわかりませんけど) ただ、そうやって考えた方がそのことについてはもう悩まないとまでは言いませんが、少なくとも軽減はされるとは思います。 わたし流の気持ちの折り合いの付け方の一つですかね。 一種のポジティブ思考だと思います。 もちろん、あなたが恋人欲しくて結婚したくて子供が欲しいなら、それに向けて全力で努力したりしてもいいと思います。 ただ、やるだけのことはやってみてそれでも叶えられなかったとしたら、わたしみたいな考え方もあるってことですね。 人生、どれだけそうしたいと思ってもそのようにならないことはたくさんありますから。 叶ったらそれが必要だったということだし、叶わなかったら必要じゃなかったということ。ただそれだけ。 わたし流に言うとですね。 そうやって考えていると、段々と自分の外側に目を向けず自分の内側に目を向けるようになり、じゃあできることだけやろう、できる範囲内で楽しもうという気持ちになっていきます。 いきなりは無理ですが。 折りに触れてそう思い続けることによって徐々に思考が変化していきますね。 後は、他人と自分の人生は全くの別物と意識していくことが大事かもしれません。 人は皆、自分だけの道、人生を歩んでいる。 人生には、その人固有の学びや経験が必要なのです。 そうやって考えていると、自分の人生に集中しやすくなります。
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